日本語

小説家・古川日出男、北京で「アジア文学」を語る(2)

CRIPublished: 2019-04-02 20:23:00
Share
Share this with Close
Messenger Pinterest LinkedIn

<「耳の文学」を目指して一人称で語らせる>

そもそも、何で出版社の方から僕に『平家物語』を訳してほしいという依頼が来たのかというと、どうも「古川という作家は音に敏感だから」ということらしいです。僕の文体は、日本では非常に音楽的な文体とされていて、僕の本を読むと、声が聞こえてくるとか、リズムがあるとか、ビートが効いていると言われます。それは、僕が最近朗読をしていることも関わっていると思うんですけれども、とにかく古川ならば、語り物であった『平家物語』を訳せるんじゃないかと言ってくれました。

僕もこういう、目で見るだけの本じゃなくて、実は最初は耳で聞いていた、「耳の文学」であったというものを、自分の言葉で日本語にもう一回訳していくというのはとても大きな挑戦で、やりがいがあると思いました。

では、自分にしかできない音楽の要素って、何だろうか。

まず考えたのは、『平家物語』っていうのが、三人称の小説になってしまったらつまらないのではないかということです。一人称のように、誰かが語り手になる平家物語だといいんじゃないかと思ったわけです。だって、元々、琵琶法師が口で言ってきたわけですから。見ているお客さんは、それを囲んで聞いていました、琵琶法師の演奏と、歌う様子を見ながら。だったら、この平家物語の現代語訳も、やっぱり誰か語り手がいればいいのではと思ったのです。

<三つのパートを3人に語らせる>

物語の前半のほうは、平清盛という悪い日本の黒幕が、それまでの朝廷の雅やかな、物の哀れとかが大好きな世界で乱暴三昧をします。悪逆非道に振る舞って、「俺、朝廷の中で一番いい貴族になりたい」と。この人が主人公になるのが前半です。

次に、木曽という田舎から源氏のちょっと外れた血筋の若いヤンキーみたいな武将が出て来て、木曽義仲というんですけど、彼が戦うことで、田舎者の世界がどんどん展開していきます。そして後半はそういうものから離れて、一番最後は源氏のもっと強い武将によって平家が滅亡に追いやられて、九州と本州の間にある壇ノ浦という海で、水に沈んで滅亡してしまうという、とても悲しい物語になっていきます。

この、まずは雅な世界に乱暴な主人公がいるという物語、次に田舎から出て来た、ものすごく強いけれど方言丸出しな、ヤンキーなお兄ちゃんが主人公の物語、そして最後の、ものすごく切ない叙事詩を、じゃあどんなふうに、誰に語らせたらいいのか。

一つ考えたのは、3つのパートそれぞれに語り手を用意するということです。雅のところは雅な人に語らせればいい、侍のところは悪役側に語らせればいい、しかし最後は誰にしたらいいか、全くわかりませんでした。

でもとりあえず、雅のところから訳していったわけです。一番有名な冒頭の部分は、やはりすごく丁寧な言葉で、「祇園精舎の鐘の音を聞いてごらんなさい。ほら、お釈迦様が尊い教えを説かれた遠い昔の天竺のお寺の、その鐘の音を耳にしたのだと想ってごらんなさい。諸行無常、あらゆるものは形をとどめないものだよと告げる響がございますから」というふうにものすごく丁寧に訳しました。

それから、乱暴というよりも、もっと威圧するような、もっと強い言葉の語りに途中から変えていって、そこまでは進んで、でも残りをどう訳していたらいいんだろうと。で、僕も小説家としてプロですから、考えて、考えて、考えていくと、ある日やっぱり答えが出るわけです。

首页上一页12345全文 5 下一页

Share this story on

Messenger Pinterest LinkedIn