日本人スタッフのつぶやき344~中国で一番大事な言語が英語という事実
日本にいるとわからないし、おかしなことに全く必要を感じないのだが、中国の大学では、その卒業に際し大学英語4級(院生は6級)の取得が求められる。これはある時期には必須の条件で、資格証書がなければ学位記をもらえなかったほどであるが、見方を変えると、中国の大学生はこれによってある程度の英語のリテラシーが担保されているということになる。
学校によっては、英語にかける時間が本来の専門課程にかける時間よりも多いという学生もいるほどで、彼らは異様な負担を強いられている。この点は、日本の学校にも見習ってほしいところで、私がよく思うのは「日本の大学が英語の資格を卒業要件に課したら、日本の英語アレルギーもかなり解消されるのではないか」という点である。というのも、私も大学在学当時は中国語ばかりに浸っており、英語を捨てた状態で過ごしてしまい、社会人になって何十年も経った今、毎日英語の「復讐」を受けて苦しんでいるような有様だからだ。
「大人」なると付き合いが広がり、英語圏の人に会うのはもちろん、英文資料やニュースを読まなければならないケースにもぶつかり、前世紀の学力では到底追いつかないことになっている。そして何より、ビジネスでも必要になるシーンもたくさんあるからだ。この時代に「英語できません」では済まされないのである。サバイバル能力に長けた中国の若者や人材が、この需要に敏感に反応するのは、当然の帰結だろう。
■市場の反応
こうして、今の時代、この国では、英語のリテラシーはそれを身につけているのが当然のことのように捉えられ、更にはそれ以上のものを実際のビジネスの現場はもちろん、就職や、ステップアップを目指す転職の際に求められるのである。各企業は国外に市場を求め、人材も国の壁を越える力を求められる。その時に、中国語だけではお話にならない。中国の消費市場は大きく、確かにそこだけで「食える」現状も存在する。しかし、そこで落ち着いてしまうほど、この国の人材は安穏としてはいない。
市場も市場で、彼らをターゲットとしたビジネスを展開している。英孚(English First)や華爾街(WallStreetEnglish)などはオーラルコミュニケーションに重点を置いたカリキュラムを提供しているし、新東方(New Orient)などは各種試験を目標としたカリキュラムをこれでもかというくらい用意しており、いずれも莫大な売上を上げている。私もそのうちの一つに通い、結構な投資をしたが、それほど回収できていない。それでもたくさんの学生がその門を叩き、英語コンプレックスを埋めようと努力している。この需要と供給のバランスはしばらく崩れることはないだろうし、これからも莫大な金銭が吸い込まれていくことだろう。もちろん、留学する者の割合は日本よりも多く感じるし、金に糸目をつけず一流校に送り込む親はそれこそ五万といる。
私は最近、過去の反動からか、イギリスやオーストラリア、フィリピンの教師とスカイプを通して授業を受けるようになった。仮にも昔は得意だった英語を取り戻そうと、必死というか、ビジネス英語講座の一部として渋々始めたフィリピン人講師とのやりとりにハマっており、フィリピンからはみ出してオーストラリアやイギリスにもその幅を広め始めている。総合講座をきっかけに、うまく嵌められた格好だ。しかし、日中韓の三国は、マーケターに言わせると「教室がないと実感がわかない、価値を感じてもらえない」という変な感覚のせいで、スペースを持たないと生徒が集まらないという説もあるので、実際に身近でこのような学習をしている友人には数名しか出会えない(聞いてみるとフィリピン人の英語を莫迦にする声が多いのだが、実際には、しっかり見極めれば、かなり高い能力を持った教師に出会える)。