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小説家・古川日出男、北京で「アジア文学」を語る(1)

CRIPublished: 2019-03-19 19:05:00
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誰かを助けたいけれど、ひとりではできない。人の手を借りたい、誰かと一緒にやっていきたいという気持ちが生まれてきました。人と人が手を結んで生きる期待のような気持ちが、2011年3月11日以降、ものすごく強く生まれていきました。

<まずは「千年に一度」の想定外を文学的に理解してみたい>

当時は何かというと、「想定外」というようなフレーズが流行っていました。

地震が起きて、土砂が崩れて、死んでいった人たち。津波に呑まれて16,000人が海水を飲んだりして、溺れて死んでいってしまったこと。知り合いも含む人々が被爆するような出来事を「千年に一度だから、しょうがない」、「あ、そうですか、仕方ないんですか」と扱うのは嫌だな、と思いました。

では、自分に何ができるかと思った時、「とにかく小説で」と考え、まずは、「千年に一度」ということを文学的に理解したいと思いました。それはやり方としては簡単です。千年前の文学作品を読めばいい。日本という国に対して、こういう複雑な感情を抱いてしまったなら、千年前の日本文学を読んでいけばいいと思いました。

そして驚いたことに、日本には千年前にもちゃんと小説がある。つまり、作家・古川日出男の同業者が千年前にもいる。そして、千年前に小説を残して、名前も残した作家というのが、大長編小説を書いた女性なのです。

それが『源氏物語』、紫式部という女性作家が書いた、日本文学の古典です。僕が最初に読んだのは、谷崎潤一郎の現代語訳です。それも含めて、与謝野晶子の現代語訳など、いくつかを震災後にもう一回読み直していきました。

<王朝文学『源氏物語』の今日的読解~その凄さと弱点>

『源氏物語』という大長編小説は全54部で構成された一つの物語で、その発表以降、日本の文化を変えていきました。たかだか一人の女性が書いた物語が、日本の政治を本当にその後、100年、150年、400年というスパンで変えて、日本の歴史を動かしてしまった。これが『源氏物語』の凄さの一つだと思っています。

この千年前の小説を読んで、この作品の手を借りたい、あるいは紫式部という小説家の手を借りたい、もっと違う言葉でまとめて言うと、「千年前の自分の同業者に助言を、アドバイスを仰ぎたい」。そう思うようになりました。

『源氏物語』は、主人公の光源氏が死んだ後も、まだ13巻続きます。最初は光源氏の子供や孫がヒーローとなりますが、途中から、ある女性に光が当たります。浮舟という女性です。彼女は、当時の男性中心で、貴族がいて、そのトップの世界に入ることが一番の幸せという世界が嫌になり、川に身を投げて、しかし奇跡的に助けられます。最後は髪を下ろして、出家します。

女性の本当の幸せについて、政治の世界でお金を儲け、閉ざされた世界で競い合う男たちの、愛人や妻になることだけが素晴らしいとされる時代に、全てを拒絶し、離れていって、自立していく。(浮舟は)ひとりの人間として、一人の女性として生きています。そんなエンディングを書いているのです。

2011年の震災時の日本にも、幸せの理想像というのがありました。社会がこういうルールで出来ていて、これが幸せだと言っているのに、「そうじゃなくていいよ」、「その外に出ていけばいい」と言える、そういう紫式部の凄さに気付かされて、一つ勇気をもらいました。

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