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中国で進展する「創造的破壊」とデジタル・イノベーション~西村友作教授に聞く

CRIPublished: 2024-07-31 16:13:24
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北京在住22年となる西村友作教授の専門は中国経済と金融。2010年に対外経済貿易大学で博士号取得後、同大学で日本人初の選任講師となり、2018年から国際経済研究院の教授を務めています。長年の中国生活に根差した視点と深い専門知識をもとに、2019年に『キャッシュレス国家』、2022年に『デジタル・チャイナ』、そして今年5月には『中国デジタル金融イノベーション』を出版されました。中国経済や人々の暮らしにデジタルテクノロジーがもたらした変化について、西村さんにお話を伺いました。

◆デジタル・イノベーションがもたらした中国のリープフロッグ型発展

――西村先生は今年5月、『中国デジタル金融イノベーション 国家と市場の狭間で』を出版されました。中国のDXやイノベーションに関心を持った理由は?

私は2002年から北京で暮らしていますが、この20年を超える中国生活の中で、モバイル・インターネットによる社会の大変革を実体験してきました。日々の生活に欠かせないモバイル決済、シェアバイクなど、デジタル技術の社会実装が急速に進み、スマホによって不便だった市民生活が次々と塗り替えられていく姿を目の当たりにしてきたのです。

中国では、デジタル技術によって、多くの社会問題が解決されました。2000年代初頭、クレジットカードが普及していなかった中国では、オンラインショッピングでの取引にさまざまな問題が生じていました。しかし、第三者決済というイノベーションによって、ネット上での「信用問題」が解決されると、Eコマースは爆発的に成長しました。2010年代になると、モバイル決済の普及によって使い勝手の悪かった現金問題が解決されました。私自身も、初めてモバイル決済を使った時、直感的に「これで中国経済が変わる」と感じました。

こうして、はじめは漠然としていた「デジタル・イノベーションで世界が変わる」という研究テーマが、モバイル決済を起点として次々と起こるリープフロッグ型発展を目の当たりにすることで、明確なものとなったのです。

――西村さんは「中国式イノベーション」という言葉で、中国の経済成長の内在的な仕組みを分析しています。「中国式イノベーション」とは?

「イノベーションの父」と呼ばれるシュンペーターは、イノベーションを「新結合の遂行」という言葉で表現しました。経済発展の原動力はこれまでと異なる要素を組み合わせることで生まれると説き、その類型として、「新しい財貨、新しい生産方法、新しい市場、新しい供給源、新しい組織」の5つを提示しています。

中国でプラットフォーマーを中核に数々のイノベーションが生まれる一連の過程は、この「新結合」の概念でうまくとらえられます。

写真提供:西村友作教授

プラットフォーマーは、ビッグデータやAIなどのデジタル技術を用いた「新しい生産方法」で新たなサービスを開発し、独自のプラットフォーム上に「新しい市場」を形成します。ネットワーク効果も働いて、経済のエコシステムは拡大していきます。

最大の特徴は「新しい供給源」です。プラットフォーム上でデジタルサービスを利用するユーザーが新たな供給源となり、生産に不可欠な要素であるデータを提供します。データが多く集まれば、解析精度が高まり、より高度なサービスが開発され、それにより新たな市場が形成されます。

中国は、この「新結合」を国家主導で推し進めてきました。2015年に提唱されたインターネットプラスは、様々な産業とインターネットの新結合を後押しする政策であり、これがエコシステムの拡大に寄与しました。

中国ではシュンペーターが重要視した「企業者」の育成と「銀行家」の役割を、国家が担っています。「大衆創業・万衆創新」政策では、起業しやすい環境を整え、海外の高度人材を招致し、研究者や学生の起業を支援しています。また、資金面では、中国政府はベンチャーキャピタルへの支援を通じ、民間資金をスタートアップ投資へと誘導する「国家新興産業創業投資引導基金」を設立し、後押ししてきました。

このように中国式イノベーションは、国家主導で新結合を推進し、民間企業を支援しながらイノベーション駆動型の経済成長を推し進めてきました。

◆イノベーションの鍵は民間企業の活力

――2023年以降の注目ワード「新たな質の生産力」とは?

三中全会の関連決定の中にも出てきた「新しい質の生産力」は、今年3月の全人代の政府活動報告で示された重点任務10項目の筆頭に位置づけられています。その中で提唱されたのがAIプラスです。これは、インターネットプラスの進化版といえるものです。

特に期待されているのは、製造分野での活用です。新型工業化を加速させ、製造分野でのイノベーションを喚起することで、質の高い雇用を生むと同時に、産業の高度化と生産性の向上が期待できます。「世界の工場」として強みのある製造業を進化させる狙いがあると思います。

――「新たな質の生産力」の今後の進展に大切なことは?

課題は民間企業の活性化です。イノベーションの要諦は、新しい技術を社会実装し、世の中に広く浸透させることです。

このイノベーションの重要な役割を担っているのは民間企業です。中国政府はスタートアップ分野における国有ユニコーンの育成に取り組んでいますが、それによって、民間企業がクラウドアウトされるようなことになれば、イノベーションの停滞を招く恐れがあります。

中国政府は開放的で公平な競争環境を提供し、イノベーション駆動型発展を促進していくべきだと思います。

◆グリーンエネルギー分野での中日連携への期待

――今後の中日協力、どの分野に可能性がある?

日本企業には、技術や経営理念なども含めた、有形、無形の資産が数多くあります。小売りやサービスなどの従来型ビジネスにおいて優れたノウハウを有しています。製造業の分野においても、日本企業の「ものづくり力」は、「新たな質の生産力」の発展を目指す中国でも学ぶところが多いと思います。

一方で、日本政府は、スタートアップ企業の育成と支援を経済成長の柱として位置づけています。ユニコーンの数を見てもわかるように、中国はこのスタートアップに強みがあります。中国では、先端技術に長けた新興企業が多くのイノベーションを生み出してきました。これら民間企業による、デジタル技術の社会実装においても中国は一歩先を進んでいます。

これらの分野においては、互いに相手から学ぶ所が多いのではないかと思います。

私が特に期待しているのは、グリーンエネルギー分野における協力拡大です。今後のデジタル経済の発展に伴うAIの利用拡大により、データセンターの電力需要はますます増加していきます。国際エネルギー機関(IEA)の試算によると、2026年の世界の消費電力量は、2022年の約2倍に膨れ上がると予測されています。

今後は、環境負荷が小さい水素や核融合発電などを含めた、次世代エネルギーの研究開発などの分野における協力関係を強化してほしいと考えています。

――新刊『中国デジタル金融イノベーション 国家と市場の狭間で』はどんな本?

本書は、中国で最も革新的な変化が起こっている金融セクターに着目し、中国で「創造的破壊」を引き起こすデジタル・イノベーションが、次々と生まれるメカニズムを解明しています。

私がこれまで20年以上にわたって中国で生活し、フィールドを歩き、現場主義で積み上げてきた研究成果のエッセンスを注ぎ込んだ一冊です。ご一読いただけますと幸いです。

【プロフィール】

西村 友作(にしむら ゆうさく)さん

対外経済貿易大学 国際経済研究院 教授、日本銀行北京事務所 客員研究員

2002年より北京在住。2010年に対外経済貿易大学で経済学博士を取得し、同大学で日本人初の専任講師として採用される。同副教授を経て、2018年より教授に。専門分野は中国経済・金融。メディアでは主に中国のキャッシュレス、フィンテック、新経済(ニューエコノミー)などを解説。主な著書は『キャッシュレス国家 「中国新経済」の光と影』(文春新書)、『数字中国(デジタル・チャイナ)―コロナ後の「新経済」』(中公新書ラクレ)、『中国デジタル金融イノベーション 国家と市場の狭間で』(日本経済新聞出版社)。

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