『窓ぎわのトットちゃん』 が中国で1700万部売れた理由(前編)
2024年5月30日・北京 サイン本をファンに渡す黒柳徹子さん
日本の女優・タレントの黒柳徹子さん(90)が、自身の幼少期の体験をつづった『窓ぎわのトットちゃん』。全世界で20以上の言語で翻訳・出版され、その総発行部数は2500万部。2023年11月には「最も多く発行された単一著者による自叙伝」としてギネス世界記録に認定されました。
この2500万部のうち1700万部を売り上げたのが中国です。中国で「トットちゃん」は「小豆豆」の名で親しまれ、特に児童教育関係者の間では、その名を知らない人はいないとされています。
トットちゃんは中国でなぜそんなに人気なのか、何が中国人の琴線に触れたのか、そして、中国の教育をどう変えていったのか、教育関係者や愛読者の声から、その秘密を探っていきます。
北京の書店にある『窓ぎわのトットちゃん』と『続 窓ぎわのトットちゃん』のコーナー
■癒やしの文学として中国にマッチ 児童文学者も評価する「黒柳文学」
北京大学の曹文軒教授
「まず、タイトルからして見事で。『窓ぎわ』という表現は絵画のようで、『トットちゃん』の中国語訳の『小豆豆』も響きがいい」
そう絶賛するのは、国際アンデルセン賞受賞作家でもある、北京大学の曹文軒教授(70歳)です。この本が成功を収めた理由について曹教授は、理想的な教育の姿が描かれていること、トットちゃんの可愛らしさ、そして、そのシンプルながらもたくみな表現手法にあると指摘します。
『窓ぎわのトットちゃん』中国語翻訳者の趙玉皎さん
『窓ぎわのトットちゃん』にはたくさんの印象的なエピソードがありますが、曹教授はトットちゃんの父親が、軍歌を演奏すれば食べ物がもらえることを知りながら、「ぼくのバイオリンは軍歌が好きじゃない」と言って演奏を断ったエピソードを例に挙げ、「平和の尊さという極めて大切なことを、さりげなく、それでいてしっかり伝えている」と指摘しました。
声高にスローガンや概念を語ることなく、いきいきとしたエピソードを通して伝えたいことを文学的に表現している点について、曹教授は、「黒柳さんはまさに達人です」と絶賛しています。
さらに、トモエ学園が空襲で燃える場面で、小林先生は炎をみつめながら悲しむのではなく、「次はどんな学校を作ろうか」と語ったというエピソードに言及し、曹教授は「恨みつらみはなく、淡々と語られている。その寛容な姿勢こそが黒柳文学の一番の魅力だ」と語りました。
■子ども、親、教師の共感が「トットちゃん」をベストセラーに
「トットちゃん」正式出版の立役者「新経典」社と猿渡さん
北京在住の日本人、猿渡静子さん(55)は『窓ぎわのトットちゃん』の中国での翻訳・出版権取得の立役者です。2001年に北京大学で文学博士を取得後、当時北京で発足したばかりの出版企画会社「新経典」に入社しました。同社は、『窓ぎわのトットちゃん』を含む数々のベストセラーを世に送り出した出版企画会社です。
猿渡静子さん
中国で書籍を出版するには、出版社が持つ「出版コード」が必要です。出版企画会社とは、出版社に企画を持ち込み、タッグを組む形で書籍を出すコンテンツ会社のことです。1990年代から2000年代初頭にかけて、中国ではこうした会社が数多く設立されました。
「入社してすぐ、社長からある日本の書籍のタイトルを聞かれました。ヒントは、小さな女の子が主人公で、自分の席にじっと座っていられず、窓ぎわに立って外を眺めるのが好きだということだけでした。丸一日考え込んで、『窓ぎわのトットちゃん』だと気づきました」
そして、猿渡さんは『窓ぎわのトットちゃん』の中国での出版プロジェクトに参加。同書は2003年1月に正式に出版されました。
中国で80年代初めから読まれていた「トットちゃん」
『窓ぎわのトットちゃん』の中国での売上部数1700万部という数字は、中国で正式出版となった2003年以降の累計です。しかし、実は、「トットちゃん」はその20年前の1980年代から中国で読まれていました。
2003年以降、中国で出版されたトットちゃんシリーズの一部 愛読者の本棚から
猿渡さんによると、1980年代の中国で『窓ぎわのトットちゃん』の翻訳本は少なくとも4種類あったとのこと。その後、1992年に中国が「文学的及び美術的著作物の保護に関するベヌル条約」に加入したことで、これらは市場から姿を消しました。しかし、当時の読書体験は多くの人の心に小さなタネを蒔き、「トットちゃん」は中国人読者の記憶に残り続けました。
「トットちゃん」と中国教育ブームに対する問題意識
1980年代、中国では教育ブームが始まりました。そのきっかけなったのが1977年の大学入試制度復活です。大学に進学さえできれば人生の成功者になれるという見方が広まる一方、実際に進学できるのはごく少数で、当時は「千軍万馬が丸木橋を渡る」と揶揄(やゆ)されました。つまり、ほとんどの人は落ちこぼれるということです。その後、2000年代になると大学進学率は急上昇し、こうした状況はかなり改善されましたが、受験のための詰め込み教育は今もなお続いています。
猿渡さんは、『窓ぎわのトットちゃん』の中国での絶大な人気の理由は、教育のあり方について悩んでいた子ども、親、教師の三者から共感を得たことにあると指摘しています。
5月30日 『続 窓際のトットちゃん』の中国語版出版イベントに出席した小学生たち
そして、2024年5月30日、『続 窓際のトットちゃん』の中国語版出版イベントが開催され、北京に来た黒柳徹子さんに会うために、北京、上海、深セン、天津など各地からファンが集まりました。後編ではその中から3人の話をご紹介します。
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